RURU1234’s blog

私のこと家族のこと日々のお料理書き綴りたいと思います。

私のむかしのお話❤️3

川を見ると

小さい頃

両親に連れられて

飯盒炊爨

今で言う日帰りキャンプをした日のこと

思い出します。

少し暖かくなった頃

きゅうりやトマトを川の水で冷やし

その間に、はんごうで

薪から火をつけた

天然の即席かまどのようなもので

ごはんを炊き

カレーを作ったりした記憶があります。

水を見ると入りたくなるのが人間

気をつけてソーっとサンダルごと

子供の頃から慎重な私は

何事もソーーっとが基本

好奇心旺盛な

姉や妹がやっているのを見て

ちょっとだけ安心して出来たのを思い出します。

川といっても

足をつけられるか否か

その程度の水かさの場所を

いつも父が選んで連れて行ってくれていました。

水の事故は

予期せぬところで起きるので

きっとそんな配慮だったのだと思います。

いろんなものを持っていき作るごはんの美味しさ

文明の利器に囲まれて育っても

川の水で冷やした

きゅうりやトマトの美味しさは

忘れられません。

どうやって冷やすのか知ってますか?

今のようにキャンプ地として

全てが整備されてる場所でない

水も電気も何もない

普通の山の中の川でのそれは

本当に全て持参しなきゃいけない

大変なものでした。

忘れたらもう大変

お店なんてありません。

無いなら無いなりに工夫

またそれが楽しいんです。

昔はみんなそうしていたらしいです。

網に冷やしたいものを入れて

川の流れに持っていかれないように

大きな石を重石に押さえておくだけです。

サラサラ流れる川の流れに

きゅうりやトマトも一定方向に流れようとするけど

大きな石の重石のお陰で流れたりしない

天然の冷蔵庫

マヨネーズやお塩持参で

齧り付くそれは最高でした。

もちろんキンキンに冷えた日も川の水も温かかったのかそんなに冷えない日も

あるっちゃあるけど

それもまた

美味しかったのです。

飯盒炊爨は

我が家の恒例行事だったのかな

青空の下で食べるアレコレは

何をしても最高でした。

場所は父が毎回その時に決めてくれました。

山の中を運転して

少し降りられそうなところがあると

車を停めて私達を車に残し

自分が降りてみて

子供でも降りられそうか

荷物を持っていても

何とかなるくらいの場所か

平らなところはあるか

調理しやすいか

水かさは危なく無いか

水の流れはどうか

車を停められる場所の確保等

何箇所か見ては

移動

そんなことも沢山ありました。

場所選びにかなり時間かけるのは

みんなが楽しく無事に帰るため

楽しい思い出にするため

父は必死で場所選びをしてくれました。

良さそうな場所が見つかると

母を呼びます。

子供たちはまだ待機です。

母と一緒に確認して

ようやく私達も降りて良いよ。と

指示があります。

家から持ってきたアレコレを

川の近くまで運び

調理に取り掛かり

出来るまで遊んだり

お手伝いしたり

本当に楽しかったです。

一度誰かのサンダルが流されたことがありました。

水かさ関係なく

川には流れがあることを

実感しました。

あのサンダルどうなったか

記憶は定かじゃありませんが

私達が無事であることが

一番良かったと

喜んでくれていたのを

私は覚えています。

私達三姉妹のことを

宝物と言って大事に大事に育ててくれた両親です。

ピンチの時はいつも手を差し伸べてくれました。

だから私達三姉妹も

大きくなった今でも

こんなに大きくなったいまでも

両親も姉妹達もみんな宝物と思える存在です。

いま私達は沢山触れ合える機会を

ある意味、貰っています。

ラインでは毎日のように姉妹やファミリーの

グループラインで近況を報告したり

相談したり密に密に関わっています。

結婚して姓も変わり

家を出ていても

宝物と言ってくれる両親です。

困った時には駆けつける

そうしたいけど

出来ない時の心の持ちようも

学ばせてもらってる気持ちがします。

そうならないのには訳がある

そんな気がしてしまうのです。

輝く時の中で生きている私達

道なのだとしたらそのまま進むだけなのかな〜

そんなことを思います。

それが最良と信じて✨

本日も最後までお読みいただき

ありがとうございます😊

また必ず書きます❤️

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